人生初オペ
4月1日なので、エイプリルフールネタかと思われるのも癪なので書いておきます。
これ本当の話です。
と言うことで、タイトルの通りオペしました。
人生初でしかも、医療関係で来ている隊員から言わせれば設備がまだまだなモンゴルで。
事の発端は、3月上旬に1週間くらい熱が出てまして(これが直接の原因かどうかは不明)、その内臀部にデキモノが出来て、これが短期間で3倍くらいに膨らんで弾けました(笑
流石にやばいと思い、事務所の健康管理の方(元看護士)に同伴してもらい病院受診したところ診察した瞬間に「あっオペ必要だね」と軽く言われてしました。
ちなみに受診した病院はモンゴル国内では1番上のレベルにあるであろう韓国資本の入っている病院だったので、ドクターも韓国人(モンゴル人ドクターも在籍してます)。
当初は、デキモノの弾けた大きさから、脊柱(下半身)麻酔でオペする必要があるとの見立てでした。
下半身が動かなくなので2〜3日入院の可能性もありました。
ました系で書いているのは実際にはそうではなかったからなんですが。
実際は、局部麻酔で入院の必要もありませんでした。
この当初よりもオペのレベルが軽くなった背景には、我々隊員は基本的には医療設備・事情に乏しい国に派遣されているので命に関わらない限り、この症例で本当にオペが必要か大丈夫かをJICAと契約している日本の顧問医に相談する必要があります。
これがまたお役所仕事なので確認作業に時間がかかるかかるw
顧問医との連絡が必要なので、モンゴル事務所から本部に連絡している間に、私はオペに必要な情報(採血やら心電図やら)を取った後にまだ事務所から連絡が無いので病院で待っていたら、何の前触れも無く病棟に連れて行かれ、病室に案内され、病院服をおもむろに渡されました。
モンゴル語が多少できても1人だと超不安になりますよこれ。
そして、さらに30分くらいしたら看護士さんが今度は思わず「え?」って思うような点滴やら何やらを沢山持ってくるではありませんか(オペの承諾出してないのにw)
しかも私はオペの承諾待ちなので、入院もできないし病院服に着替えてませんでした。
なので烈火の如く怒り出すモンゴル人看護士。
それを冷静に宥める私。
いやーモンゴル来て一番モンゴル語出来て良かったと思った瞬間でしたw
そんな面白い問答を繰り広げている内に日本時間の5時30分が過ぎました・・・。
明日の9時30分には顧問医から連絡あるからそれまで待ってろとの回答が事務所に来たそうです。
そう、お役所なのでJICA本部は定時以降は動きません(もうねこの時ばかりは笑ってました
その日の内にオペが出来ない説明をこれまた怒るドクター(何故私の腕を信用しないのかと。これは医師なら思って当然ですかね)に頑張ってしてその日は自宅に戻りました。
翌朝、病院に行ったら本部からは「オペしてね(ハート)」って連絡が事務所にあったとまたまた同伴して頂いた健康管理の方から教えて貰いました。
手術前にもう一度診察してもらった昨日よりも腫れがひいて小さくなってるから、局所麻酔で手術できるとのこと。
なので、入院も必要ないと言われました。
そんな感じで、手術中も色々面白いネタがあったんですが気になる方は、日本に帰ったら教えてます。(4月1日ネタだと思われる原因やね)
昨日、術後の検診に行ったら、めでたくドクターからもう病院に来なくても大丈夫と完治の診断があったので本日、ブログにて皆さんにご報告させて頂きました。
今回の総論。
モンゴル事務所は仕事してた。
ほんぶぅ〜・・・。仕事してくれぇぇぇぇぇぇ><
それでは。また。
いらっしゃい&さようなら
23日に、21-4次隊の皆さんがモンゴルへ来ました。
今回は(も)15名と3名しかいない我々からすると超大所帯の隊次ですが、お会いしたところ和気藹々としていて良い感じでした。
サッカー部にも何人か来てくれそうです。
21-4の皆さんよろしくお願いします。
そして本日早朝、19-4の皆さん3名が日本へ帰国されました。
帰国前日にこの荷物の量を残して帰国できるのか?と他隊員がハラハラドキドキする場面もありましたが、無事に早朝出発出来ました。
なんだかんだと言って、一番近い隊次で同所属に配属されていた先輩隊員がいたりと言うことで何かと個人的に絡みの多かった隊次が居なくなってしまうのは寂しいものです。
19-4の皆さんまた日本で!?。
と言うことで、本日より我々が最古参の隊次になってしまいました。
こんなんが最古参の隊員で良いんでしょうか?
次の3ヶ月後には帰国です。ああ、成果物の進捗がまったく進んでいない・・・。
3月に入ってしまいました。
3月は一緒に訓練をした同期で現職の先生達は帰国してしまう月です。
約3ヶ月短いですが、4月1日の新学期から学校に復帰が条件なので仕方がないですね。
そして担任を直ぐに持つこともあるそうです。
モンゴルで似非教師をして担任の大変さも少し判った気がします。
教員現職参加の皆様、ラストスパート頑張れ!!
そんな感じで少しずつ帰国が現実味を帯びてきたなと思った途端、JICA事務所からこんなものを
頂いてしまいました。
帰国3ヶ月前に貰うものなんですがついに私の手元にも届いてしまいました。
気分は未だモンゴル来て1年経過したくらいな感じなんですが・・・。
現実は時に残酷です。
後期から授業数が大幅に増加で準備に右往左往しておりますが、なんとかやっております。
そういえば何時も何時も遊んでる写真ばかりな気がするので。
内容の異論は受け付けません。
1年9ヶ月目にしてようやくな感じですが・・・。
1人で授業してると写真なんて撮る暇ないんです。
これからさらに帰国に向けて時間の早さは加速して行く一方だそうですが、活動を上手くまとめられる
ように頑張りまーす。
それでは。また。
ほんとのバクシナリンバヤル
さて、こちらモンゴルは只今絶賛、年末中です。
明日が大晦日です。
何を言ってるんだと思うでしょうが、今年のモンゴルの旧正月は14日〜16日なのです。
と言うことで、今週は学校の先生もソワソワしてたり無駄にテンションが高かったです。
そして、学生がほとんど来ませんでした(笑)
そんなモンゴルから今日は、少し時間が経ってしまいましたが、先日のバクシナリンバヤルの本当のバヤルのお話でもしておきたいと思います。
今年はそこそこ良いクラブを貸し切りで、ウランバートル市内にある専門学校5校合同でのバヤルでした。
合同バクシナリンバヤルとは言え、内容は、お酒飲んで、踊って、歌ってと。
まあいつものモンゴルな感じでした。
ただ、シンジルあまり騒いで問題にならないように自粛してたんだねと思うくらい
着いてまず一杯。乾杯で一杯。踊って一杯。歌って一杯。
とアリヒの量が桁違いに凄かったです・・・。
うーーん。5時に行って11時に合同バヤルが終わるまで。
アリヒの瓶(1リットル)5本くらい空になってた気がする。
それでも、まだ平気な自分になんとも驚愕・・・。
多分、モンゴル来た当初はこんだけ飲んだら確実にぶっ倒れてたでしょう。
これで家に帰れると思ったら、学校の先生達がカラオケに行くから着いてきなさいと半ば拉致状態でカラオケまで運ばれました。
そう、モンゴルにもカラオケは沢山あるんです。
そして、モンゴル人歌を歌うのが大好きなので、カラオケも大好きです。
そして、カラオケでもお構いなく踊りまくるモンゴル人。
踊るのは日本でもありますが、カラオケでチークダンスする人を見たのは初めてやったw
そんな感じで、モンゴルの歌そんなに知らないですが知ってる曲(サビの部分だけですが)を歌ってみたら結構喜ばれました。
やっぱり自国の歌を歌って貰うのは嬉しいことなんですね。
カラオケ会場でもアリヒを何故かマグカップで大量に飲みながら1時くらいまで盛り上がって解散になりました。
そして、帰りの外は猛吹雪でした・・・。
いや。モンゴル来てここまで吹雪になっているのを初めて見るくらいの。
聞いた話だと。市内から田舎に行く道が封鎖になるくらい酷いものだったらしいです。
遭難しなくてよかった。
そして、次の日はもう朝から大変なことになってました(笑)
よく、サッカー(しかも試合)できたな。
そんな感じで、明日から新年のお祝いに家に来なさいと田舎からご招待を受けているので行ってきます。
そして、バクシナリンバヤルの反省もなくまた飲みまくってくることでしょう(汗)
それでは。皆様、サイハンシンジレー(良いお年を)。
異文化に触れられたからこういう話もできるのかな?
昨日、夕方から本当のバクシナリンバヤルに行ってきました。
そして、シンジルは自粛していたことが良く判りました。
1日寝てもまだ、気持ち悪い・・・。飲み過ぎです。
その話はまた明日にでも。
さて、コメントでもありましたが、朝青龍が引退しましたね。
モンゴルでは白鵬なんて目じゃないくらい朝青龍は国民的英雄なので、その報道はこちらでもされています。
が、日本のメディアがあまりにも面白おかしく?騒ぎたててくれたおかげでこんなメールが日本国大使館から在留邦人に来ました。
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- メール本文転載ここから ---
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在留邦人の皆様へ
昨日4日の大相撲モンゴル人力士、横綱朝青龍(ドルゴルスレン・ダグワドルジ)関の
引退を受けて、一部のウェブサイト等には、感情的なモンゴル人らによる日本人に対
する過激な書き込みが散見されています。
在留邦人の皆様におかれましては、これら書き込み等が行われていることを踏まえ、特
にレストランやバス内等の、周辺にモンゴル人がいるところでの本件に関する言動等には
十分注意していただき、無用な誤解・被害を受けることのないようご注意願います。
在モンゴル日本国大使館
領事・警備班
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- メール本文転載ここまで ---
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・・・。
モンゴルでは今のところ、何故、朝青龍が引退したのかという理由が報道されてないんですけどね。
(今後も報道される可能性は低いのかな??)
なので、モンゴル人に何で横綱を辞めたのか聞かれます。
外人横綱だから日本人が辞めさせたんだろうと言われた知り合いも出てきていて、大使館が危惧しているようなことに近いことも起きてます。
確かに酔った勢いとは言え、一般人を殴ったのは良くないことなので引退も致し方ないのかもしれませんが、日本のマスコミはもう少し自重して欲しいと思う。
有名人と言うだけで、行き過ぎた形で騒ぎを大きくして、そのせいで、何十倍の在留邦人を危険に晒しているってことに気がついてねと。
話は変わるようで変わらないかもですが。
元横審の内○はほくそ笑んでるかもね。
まあ、私はそこま人を嫌いになるようなタイプではないと自分では思ってるんですが、どうもこいつだけは真面目に気に入らない。
内○が度々言っていた、横綱の品格って何よ?
外国人に日本人が遺伝的に備えているものを理性で求められるのかと毎回思ってしまう。
そんなものを外国人に求めるんだったら大相撲を鎖国にしろっての。
何百年と連綿と続いてきた規律を全て壊せとは言わないけれども、しょせん島国根性な話でしかないと思う。
日本では朝青龍のことを色々と皆さん言っているようですが、異文化の中で今、1人(正確には周りに日本人の仲間はいますが)で戦っている身としては、大相撲に単身乗り込み、最高位の横綱まで上り詰めた彼には敬意を表したいと思います。
自分の持っている文化を全て否定され、知らぬ文化を理解するのは本当に大変です。
目に見えない形でストレスもどんどん貯まります。
そんな中で10年近く頑張るのがどれほど大変なことか。
今回だけは、彼の味方かな。
ゆっくり休んでこい。
それでは。また。
バクシナリンバヤル + 授業見学に来てくれました。
今日はバクシナリンバヤル(先生の日とでも言うのがしっくりきますかね?)でした。
2月2日が正式な日らしいんですが、この辺は各学校で違っても問題無いようです。(先週末にやってる学校もあるし)
学校でも、学生とすれ違う度に「先生おめでとう」と声をかけられました。
バクシナリンバヤルを否定する気はまったく無いのですが、何故「おめでとう」なのだろうと。
「いつもありがとう」くらいがちょうど良い気がするのはやっぱり日本人だからなのかな??
バクシナリンバヤルだから授業無いのを期待してくる学生を横目に何時も通り授業をする自分(だって日本人だしねw)
そして、今日は学校にJICA事務所から調整員(ボランティアの活動を後方支援してくれる人)の方が来ました。
担当だった方が1月末で任期終了で日本へ帰国されたので、新しい方が活動を見に来てくれたということです。
ただ、この調整員の方、モンゴル協力隊OBでめちゃくちゃモンゴル語が上手いんです。
なので、今日の授業はものすごく緊張しました(良い意味でね)。
何時もの通りgdgd進行な授業をお見せして申し訳ない・・・。
さて、そんなgdgdな授業が終わって教室を出たら授業を教えている学生が待っていてこんなものを貰いました。
どうやらカレンダーのようです。
バクシナリンバヤルなので、先生全員貰えるのね。
で、授業中に先の学生が下に校長先生もいるから来てとしきりに言っていたのはこのカレンダーを渡すイベントをやっていたと。
(JICAの人来てるからって言えば大丈夫だよ。と説明して私はこのイベント行ってないのです。)
そんな感じで今日もつつがなく学校で先生してます。
それでは。また。
追伸
明日の夕方に本当のバヤル(お祭り)=クラブでのパーティがあるようです。
アリヒ・・・怖い。
なんとも長い1日でした。
皆さま。こんにちは。
新年明けましておめでとうございます。今年も皆様にとって良い1年でありますように。
新年明けてどれだけ経ってるんだとお叱りを受けそうですが。
モンゴル人は、今年初めて会話した人には今でも明けましておめでとうと言ってるのでモンゴル仕様ってことで。
それに、モンゴルはツァガーンサル(旧正月)が本番ですから。
今年は2月14日〜16日に決まったようです。
前置きが長くなりましたが、新年一発目の更新です。
※そして長いですよ。
タイトルの通り今日はJICA関係のイベント目白押しで長い1日となりました。
まずは、午前中はJICA関係者を集めての「安全対策連絡会議」がありました。
簡単に言えば、モンゴルで犯罪に会わないように対策やら犯罪が起きるようなスポットの情報共有をしていきましょうと言う会議です。
これは年2回やってるので今回で4回目+何も無ければ最後の会議です。(何かと最後と付くものが多くなってきました)
本来なら今月の上旬実施が下記に書く理由で今日までスライドでした。
で、お昼過ぎに終了。
午後もイベントがある為、軽食を用意しますとJICA事務所から連絡があったので待っているとこんなものが出てきました。
これがモンゴルでは軽食らしいです。しかも次のイベントの時間が押していたので10分で食せと・・・。無茶を言いますスタッフ。
軽食?を軽く食べた後は、何と何とモンゴル国の首相にボランティアで表敬をしてきました。
ちなみに、モンゴルはロシアと同じで首相と大統領が居ます。
9月にうちの学校に来たのは大統領です。
詳しくはこちらを。
一同事務所の用意したバスで政府庁舎(日本の国会)までバビューンと。
これから政府庁舎に入りますよ。(正確にはこの写真は表敬後に撮ってますがw)
国の施策を決める重要な施設に爆弾になり得る物を持ち込み可にすることなんて有り得ないと思っていたら、事務所からは持ち込みOKですとの連絡がありました。
やるなモンゴルと思ってしまいました。
国に尽力してくれているボランティアだからモンゴル政府側が誠意でOKにしてくれたのかもしれませんが。
流石に入り口から会場までの通路内の撮影はNGでしたが、表敬の部屋に到着。
部屋にはこんな物が。
ユスンツァガーン
国のナーダム祭でメイン会場に飾って近衛兵に守られていたものだと思われます。
随伴して頂いた日本国大使が調印式など重要な外交を行う際に使用している部屋だと言っていたので本物でしょう。
そんな感じで、開始時間が過ぎても首相は来ない。
さすがモンゴル。ここでも期待を裏切りません。
ようやく首相が到着するも、どうも首相こんかいの表敬の流れが頭に入ってないようでした。
本来なら各挨拶後に記念撮影をして、隊員の活動紹介を何人かする予定が、記念撮影後、退室しようとする首相。
今回は無理かなと思ったら、ボランティアの1名が首相の引き留めに成功(さすが皇太子謁見時に大阪のおばちゃん化して皇室を超えたお方w)
で滞りなく表敬は終了しました。
モンゴルのプレスも来てたので、今回こそモンゴルでTVデビューか??
さて今日はこれでお腹いっぱいと言う感じですがまだまだ続きます。
次のイベントまで1時間半程時間があったので例のルイヴィが入っている建物にコーヒー屋があるとのことだったので他の隊員と潜入してきました。
そしたら何と日本で見覚えのあるロゴが。
見る人が見れば判るのですが、日本にも首都を中心に展開しているお店です。
私が日本にいる頃、常日頃から愛飲していたお店です。(普段は飲食のメンバーカードなんて作らないんですが、通い詰めて作るくらい)
日本に帰るまでは飲めないと思っていたのに、まさかのモンゴルで再会。
味はまあ日本とは違う気もしましたが通い詰めそう・・・お金ないのに・・・。
久しぶりの再会に感激しつつも、次のイベント時間が迫ってきたので移動。
今日最後のイベントは、日本大使公邸でのJICAボランティアなどの懇親会がありました。
これは去年もあったので2回目ですね。
当然隊員のお目当ては常日頃食べられない豪華なご飯です。
お食事の用意ができましたと大使館の職員の方の一声と共に一斉に群がる隊員。さすが、他の日本人の方から欠食児童と言われるだけのことはあります。(褒めてない?
ちなみに、公邸料理人の本日の料理はこんな感じでした。
天ぷらまじ最高。
美味しいお食事も頂けたし、大使館の方ともお話できて良かったです。
懇親会を設定して頂いた日本大使および大使館職員の方にお礼申し上げます。
そして、玉蹴りにも来て下さいねw(笑
とまあ、こんな感じで慌ただしくも久しぶりに長いなと思った1日でした。
あっ。明日も朝から健康診断と午後はボランティア総会だ。(どちらも、またまた任期中最後のイベントです)
もちっとだけ忙しさが続くんじゃ。
それでは、また。